栗山にさわらびがもえいづる春

今日はとても暖かい一日  午後からは時折にわか雨
そして  栗山にも春が来た
すでに アーモンドの花が咲き始めた

もう そろそろ わらび が出てきてもよさそう
と、思い
 いつものよく出る場所で探したんだ
何とかの花が咲いたら 何とかの収穫が出来る
 みたいな 記憶がつながっていたりして

  さわらびの萌えいづる栗山
   あった あった  わらび がありましたよ
本当に出始めたばかり
栗山では一番日当たりのよい斜面から出ていた

ほんの一握り分しか収穫出来なかったけれど
春を実感することができた

道造のわらびの食べ方
採ったわらびに炭酸(水素ナトリウム  ふくらし粉)を降りかけて
そこへ熱湯を注ぎ 一晩おく
アクが抜けて みどり鮮やかな わらびのできあがり
これに つゆの素とかつを節をかけて 一丁上がり
少しぬるみがある
そこがいい

おらぁ~ アク抜きがしたい人がいる
だれかって・・・?
そんなの口に出していえない
道造は臆病だで
臆病は穏やかに生き延びるための大切な知恵かも

アーモンドの花が咲き始めた

今日は春本番の陽気
梅の花がそろそろ終わりになりかけ
代わって 桃の花
アーモンドは桃の仲間
   さきはじめたアーモンドのはなが
  明日はもっと咲くと想う
栗の花と比較しては栗がかわいそうかも
でも、あの大型毛虫のような栗の花と比べると
アーモンドの花はなんと可憐でしょう

栗山には何本かスモモの木があった
真っ白な花を付けてた
だけど やっぱりアーモンドの薄ピンク色の花はいいもんだ

当然ながら 毎年アーモンドの苗木は生長する
当然ながら 成長した分花をたくさん咲かせる
そして その分 だんだんアーモンドの実もたくさん成る

今年はどれほど収穫できるかなぁ~
楽しみだ

昨年少ししか収穫できなかったけれど
やってみたら アーモンドを種から取り出すのはかなり面倒だった

たぶん 
あくまでも 道造の予想だけれど
アーモンド」の語源は 「アーメンドウ」から来ている

チェンソーのエンジン音が栗山に響く

昨年に続き 森林組合の方に
栗山の杉と桧の林の間伐をしてもらった
今日一日 栗山にチェンソーのエンジン音が響いていた

道造の父が栗山を開拓したとき
栗の木を植えても育ちそうもないところに杉と桧を植林した
栗山全体からすればほんの一部の面積だけれど
その杉と桧の林の間伐をしてもらった
   栗山の間伐
   林の中がとても明るくなった
夕方 その間伐された林の中に道造は立つ
早春のこもれ日の中で
植林してくれた父のことを想う
子ども 否 孫の世代に役立つように・・・
そんな想いで植林してくれた
素直にありがたく思う
いつか書いたと想うけれど・・・・
道造は自称「歩く謙虚」だで

道造も今日間伐をしてもらって
また 一回り大きく育つようにと
子どもの世代につなげてみようと・・・・

子どもはありがたく思ってくれるだろうか
このあと どんな時代になっているか・・・
そんなのはだぁれも分からない
結局 今「 いい 」と想うことをやるしかないのだから

自分が生きている間には恩恵が無いが
次の世代で役立ってくれればいい・・・

大きくくくれば 戦後の日本各地での杉や桧の植林は
そんな願いが込められている

だども 現実は・・・・
日本の山から搬出するより外国からの輸入材の方が安いから
日本の山の杉や桧はほったらかし・・・
そいでもって
杉や桧の花粉のアレルギーのこともあり
木の保水力があまりないこともあり
みんなから悪く言われている
よって たかって悪く言われている
いじめだ! 杉や桧に対するいじめだ!
広葉樹の方がいいわっ!
 なんて 広葉樹に対するひいきだ

これでは ご先祖様はたまったもんではない
貧しい時代に 歯を食いしばり 孫子のことを想い
戦後の復興を願い
苗木を背負い山に植えたご先祖様
いじめにあっている杉や桧

間伐された杉桧を供養するために
これでなんか造ってみようかなぁ~

弓歩さんがまた 頭の奥の方でささやく声が聞こえたような気がする 
  あのねぇ
  また あれこれ始めるよりも
  切り倒した木はそっとそこに寝かせておけばいいの
  自然にまた朽ちてこけでも生えればいいの
  それが わび さび 無情の世界というものなの・・・・と

春を待つクルミ

最近よく雪が降る
昼過ぎにはとけている
そんなわけで 午後から 栗山へ行く
本日の作業は草刈り機では切れない少し大きめの灌木を切った

栗山を巡っていると白い木の肌のクルミの木が目立つ
クルミの冬芽
   クルミの冬芽
 ピントが奥の方に合って クルミの木の芽はボケてしまった
 何に見えるぅ~ ?「羊の顔 それとも ピエロの顔」
早く 速く 春がこないかなぁ~と待っているようだ
道造が春を待っているから クルミも・・・と、思ってしまうのかもしれない
そういっても 春が来たからと言って 別に楽しいことが始まるわけではないが
・・・ただ 寒いさからは逃れたい

最近 クルミについて あれこれ調べたりしている
栗農家に限界を感じているから
イノシシと栗ムシの二つの敵から逃れなくてはならない・・・イノシシに食べられ栗ムシのために保存が難しい
クルミはイノシシには食べられない 野ネズミは食べているが
なんといっても保存が利く 
ギンナンも保存にはよいが皮をむくのが臭い
だども クルミの殻から実を取り出すのは大変

そんなこんなで クルミ農家をここ5年ほど前から目指している
クルミの木は20メートルくらいまで大きくなる
そういえば・・・栗山の実のなるクルミの木は20メートル近くある
クルミの実の外の皮からタンニンがとれる・・・あの茶色い汁・・・柿渋と同じ成分
塗料 染料 なめし・・・こちらでいいかも

道造は 70歳のころの自分を思い描く・・・
クルミをバケツに何杯も拾っている姿
クルミの皮をむいて手が茶色くなっている姿
袋に詰めて産直に出荷している姿
「あんまりうれないなぁ~」 ・・・・と 愚痴っている姿
「そりぁ そうだ あんな面倒なもん 買う人はおらんわ」・・・と独り言を言ってる姿

だれだぁ~ 栗山にイチョウの木を100本も植えたのは・・・
と、道造は道造の父にむかって言っていた

だれだぁ~ 栗山にクルミの木を30本も植えたのは・・・
と、道造の息子に言われるのか
(現在 息子は 父が栗山で何をしているか 全く無関心だで)

植えたもん勝ちだね
気づかれた頃には
そのころ 道造はこの世にいないだろう




青空の中の冬の栗山

今年もあと3日で終える
道造は晴れた日は ほぼ毎日栗山へ出勤している
というより
雨が降らなければ ほとんど 毎朝
最近は 栗の木での杭を作っている

日本海を前線をともなった低気圧が通過
暖かく強い南風と雨
そして 低気圧が通過後は
 本日は西高東低の冬型
そんなわけで 「本日は晴天なり」
青い空と冬の栗山
ポプラ  イチョウ   クヌギ    山小屋

抜けるような青空とはこんなことを言うのかな
栗山の木々は完全葉を落とし完全に冬バージョン

栗山には道造以外にはだぁれもいない
こんな年の瀬に栗山に来る人はいない
実にひっそりとしている
一人だけだとワクワクする
道造がおら一人で 
この栗山そして景色をも独り占めしているという満足感
おらぁ 結構 独占欲が強い性格かな

いや どうもちがうようだ
「独り占め」ではなく「独りだけ」でいる「開放感」のようだ
だから 満足感と言うよりやすらぎ感
「人間なんてららーららーらら」かな

いずれにしろ 
栗山でひとりぼっち
世間では このことを
「栗ボッチ」・・・・というらしとい
プロフィール

栗山道造

Author:栗山道造
大きな栗山の小さなユンボと中年の物語
ようこそ。ユンボ大好き道造の世界へ。
ユンボは僕のともだち
ちいさなログの山小屋も紹介します。

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