一面のギンナン

日本海で爆弾低気圧に発達
嵐 野分
栗山のイチョウの木からギンナンが降り注いだ
イチョウの木の下は一面黄色
おらは一生懸命 黙々と ギンナン拾いをする
 嵐の後のギンナン

あの嵐のあとの本日は快晴
雲一つ無く 秋空の日差しはきつい 
吹く風は心地よい秋風
うすむらさきのコスモスの花を大きく揺らして
ときおりキンモクセイの香りが秋風に乗ってくる
 
ほいでもって
そのギンナン洗いをする
ほどとほどに臭い

洗ったギンナンの粒を干すとき
ギンナンの粒が乾燥するとき
これが一番臭いとき
ギンナンの臭気が秋風に乗ってくる

これが この臭気が道造の秋だで






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ぎんなんに関する思い出…

今は亡き父が、この季節になると、いつも、庭にあるぎんなんの実を送ってくれました。その頃は、そんな…大変な作業の過程もあるとは知らずに…当たり前のように受け取っていました。その大きな銀杏の木も…雷に打たれ…今は跡形もありませんが…ぎんなんを見ると…父を思い出します。銀杏の倒木で、ベンチをつくったら…なんて言ってましたが…実現しませんでした。ここしばらく…そんなことも忘れていましたが…久しぶりに、懐かしく、思い出し、感傷に浸ったひとときでした。

Re: 道造もぎんなんに関する思い出…

私にも亡き父とギンナンとの想い出があります。栗山にギンナンの木を植えたのは父です。100本植えたようです。その内ギンナンの実がなるのは32本です。栗山は約20人弱での共同経営でした。自分の土地にギンナンの苗木を植えたのは道造の父だけでした。そして、ギンナンの実を初めて収穫したのは、父の亡くなった年からでした。父はギンナンの実を見ることなく亡くなりました。道造は平成9年の秋からギンナンとのつきあいが始まりました。もちろん道造とギンナンは「臭い仲」です
「桃栗三年柿八年梅はスイスイ・・・その続きがあり、ユズの大馬鹿20年、イチョウのきちがい30年」というものです。
「イチョウの苗木を植えた人が亡くならないとギンナンの実が着かない」ということわざもあるそうです。
・・・父は栗山になぜ100本近くのギンナンを植えようと想ったのか・・・今年90歳になった母に聞いても「おらぁも聞いてみたいだ。」とのことです。
今夜当たり夢に出てきて父が植えた訳を話してくれるかもしれません。参考までに道造は機械で洗って果肉を取り除いています。
それなりに苦労してますが手洗いとは全然違います。
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栗山道造

Author:栗山道造
大きな栗山の小さなユンボと中年の物語
ようこそ。ユンボ大好き道造の世界へ。
ユンボは僕のともだち
ちいさなログの山小屋も紹介します。

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