野イチゴを見ると想い出す

時は 半世紀以上の昔
道造少年が小学5年生
ちょうどこの時期だ
盲腸(虫垂炎)で入院した

その時のこと
お腹が痛くなった
よってたかってみんなが
「何か変なもん食わなかったか」と・・・聞いて来た
思い当たることが一つあった

野イチゴをやたらと食べた
そんなもんでお腹は痛くなるもんか・・・
他には・・・何か拾って食べたとか・・・
  野いちごを食べ過ぎた
  今日 栗山で食べてみた
この時期 野イチゴをみると想い出す

一晩寝たけれどちっとも痛みが治まらなかった
次の日病院へ連れて行ってもらったら
盲腸だった・・・・

食べ物と想いではつながっている
今となっては小学校の想いではこれくらいしか覚えていない

お腹が痛いのにみんながよってたかって・・・
あのころから道造は食いしん坊だった
家族からの信用は無かったようだ

いくらたくさん食べても もう 盲腸にはならない
だって 盲腸は無いんだから
昔を想い出しながら 今日も たらふく 食べてやったぞ 




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農繁休暇って知ってる 

   それは昭和の御代
   昭和三十年代の初めのころのことでございます

   道造少年はまだ小学生だったころ
   百姓仕事が多忙になるころ
   学校が休暇になった
   もちろんお百姓のお手伝いをするために

   今は、総合の時間とか総合学習の時間といって
   農業体験をする学校もあるそうですぞ
   こないだ 近所のちびっ子に聞いただ   
  
   その昭和三十年代・・・・
   まだ 牛が田起こしをしていたと思う
   学校が休みになり
   籾蒔き  なわしろ 苗取り 代かき・・・
   道造はその苗を田んぼに運んだ・・・・
   田んぼの所々に放り投げた

   手伝いをする
   だども お小遣いなんてもらえなかった

   田植えが終わると・・・・「野上がり」とか言って
   「ぼたもち」を作ってくれた

   最近 昔のことを想い出す
   いったいどういうことだ

   五十年も前のことを想い出す
   
   でねっ
   道造は昨日田植えが終わりました
   要するに 
   ユンボができなかったのは
   夏野菜の苗植え 田植えが忙しくて
   ユンボの農繁休暇でした

   そろそろ 栗山に出かけますぞ
   栗山で道を造ります
   栗山道造 に戻るだで
      
   だども
   今度の日曜日は 石窯でピッツァやくだで
   結構忙し日々だで
   
   

  ぶんぶんぶん 蜂がとぶ

   果樹の植植えてある土手を巡る
   丸花蜂がほとんど
   あっ みつばちがいた
   みつしぼりの記憶が・・・・

   むかし むかし そのまた むかし
   道造の家では みつばちを飼っていた
   二段の巣箱が5~6個あったと思う
   養蜂家とまではいかないが
   道造はまだ少年だった
   小学生だった思う 昭和30年代

   この春の時期になると
   休みの日には はちみつ しぼりの手伝いをやらされた
   どっちかといえば いやだった

   父が燻煙機でみつばちを追っ払う
   巣を遠心分離器にかける
   銀色の糸を引いて遠心分離器の縁にみつが着く
   
   遠心分離器を回す人
   押さえている人
   はちみつを漉してビンに詰める人

   花の咲く種類と時期とで
   はちが集めてくるみつの種類がちがってくる

   レンゲのみつは最高だった
   雨降りの続いた後のみつは薄かった
   栗の花の蜜は臭かった・・・越冬用にした
 
   栗山家 族総出での作業

   親父は何を思ってみつばちなんか飼ってたんだ
   物好きな性格は道造に少し遺伝したかも

   おらぁ 想い出すだ
   夏の暑い日 
   冷たい井戸水ではちみつを溶かして飲んでいた
   あのはちみつ水の味
   はちみつでしるこも作っていた

   親父ともう十三年も話をしていない。
   あっちへ逝ってもう十三年

   おい 親父
   今宵は はちみつをもって 夢にでもでておいで
   
プロフィール

栗山道造

Author:栗山道造
大きな栗山の小さなユンボと中年の物語
ようこそ。ユンボ大好き道造の世界へ。
ユンボは僕のともだち
ちいさなログの山小屋も紹介します。

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